口に含んだ瞬間に広がる、芳醇な洋酒の香り。カステラ生地に洋酒がたっぷりとしみ込んだ、しっとりとした食感。くにひろ屋(広島県府中市)がつくる、こだわりの逸品「洋酒ケーキ」を知らない方は、まずはご賞味いただきたい。
地元、上下(じょうげ)町の人々に長らく愛されてきた洋酒ケーキは、今では広島観光や帰省の時のお土産として県内外の百貨店や大手ショッピングセンターなど、地元以外の色々な場所で買うことができる。驚くべきは、くにひろ屋が販売先への営業をほとんどしていないということだ。基本的に、口コミで広まり、色々な店舗から注文が入るようになった。
「今では商品を置くお店は選ばせてもらっている。駄菓子のように無意識で、どこでも買えるようなお菓子にはしたくない。価格は1個130円と手軽だけれど、多くの方に “ちょっといいお菓子” として味わってほしい」と前原浩一(まえはらこういち)社長は話す。
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前原さんがくにひろ屋を継いだのは15年前。隣家で洋酒ケーキを生み出し、つくり続けてきた先代の曽根利之さんが、店を畳むことになった時、前原さんが後を継ぐと名乗りを上げた。それまで仕出しの仕事をしていた前原さんに、菓子づくりの経験はなかった。しかし、幼い頃から慣れ親しんだ、大好きな洋酒ケーキを絶やしてはならないとの一心で、それまでの仕事を辞めて店の看板を引き継いだという。
洋酒ケーキのおいしさは、先代から受け継いだ味を寸部違わず再現する、並々ならぬこだわりによって支えられている。生地には隣町・世羅で採れた卵を、シロップには選び抜いたブランデーとラム酒を配合。四季による温度や湿度の変化に合わせて、材料の配合や温度管理を変えている。季節の変わり目は特に気を遣うという。
焼き上がったカステラ生地を洋酒入りシロップに浸ける過程も重要だ。熟練のスタッフがわずか2人で行っており、その日の生地の焼き上がり状態に合わせてシロップづけの時間を微調整している。「現場では『今日は怖いよ!すっごいしみるよ〜笑』なんて声が飛び交っている。職場の雰囲気の良さは地元で評判になっているほど」だと前原さんは話す。
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1日に製造する洋酒ケーキは現在、約6000個。生産量は右肩上がりで、前年を下回った年はない。従業員も必要に応じて徐々に増やしてきた。しかし、工場の規模を闇雲に拡大する予定はないという。「商品の品質にばらつきが出たら困るので、手の届く範囲での製造にしたい。みんなが楽しく働けるという意味でも、適切な製造規模の維持は大事だ」(前原さん)
くにひろ屋は今年、新しい洋酒ケーキを発売する。1961年の創業時からの味を守り続けることに重きを置き、新商品の開発は一切してこなかった。しかし今年、初の新商品「ショコラ味」を発売するという。「お菓子づくりを専門に学んだ息子が、製品開発を担当した。製品開発は長年の夢であったので、うれしい」と前原さん。
伝統の味を守りつつ、新たな一歩を踏み出したくにひろ屋。お菓子づくりの飽くなき探求は続く。
株式会社くにひろ屋
広島県府中市上下町上下1514-1
売上高:1億3000万円
従業員数:12人